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2018年01月25日 09:40 コメントを見る

129年前、創業当時の任天堂本社を写したとされる写真が発見される!

うおおおおお

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129年前の任天堂本社を写したとされる写真が発見された。
フランスのウェブサイトOmake Booksによれば、これらの写真は1889年頃、京都にあった任天堂の本社を写したもので、「明治150年 京都のキセキ」プロジェクトのウェブサイト上で公開されているという。

Omake Booksの創設者及びマネージャーであるFlorent Gorgesは、画像をツイッター上に投稿している。
訳: 1889年頃、創業当時の任天堂本社を写した、素晴らしい写真を見つけました。詳しい情報はこちらへ(フランス語):

上記のウェブサイトによればこの建物は元々、石灰やセメントを取り扱う「灰孝本店」を経営する、山内猶七が所有していたものだったという。
山内は従業員であった福井房治郎を養子とした。福井房治郎は名前を山内房治郎に変え、後に任天堂の創業者となるのであった。

IGNは任天堂に対し、この情報の真偽に関する情報やコメントなどを求めた。返答があり次第、更新していく予定だ。

山内は1889年、花札の製造販売のために任天堂を創業した。
Omakeによれば、彼は任天堂を創業するかたわら、灰孝本店の経営にも携わっており、何年もの間社長として両方の会社の経営を担っていたという。後に彼は、婿養子である山内積良に両会社の経営を引き継いだ。

任天堂は今日もその躍進を続けており、Nintendo Switchはその発売1年目に素晴らしい業績を見せ、米国においては12月だけで150万台も売り上げた。
だがすごいのは任天堂だけではない。灰孝本店は今日も存在しており、山内家によって今でも経営されている。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180125-00000003-ignjapan-ent

創業当時の「山内任天堂」の初代社屋(明治22年)

https://meiji150.kyoto/photo/photo-2365/

この記事への反応

元造製たるか

看板の上の英語表記が現在の任天堂の雰囲気を出してるなw

組長…はまだ生まれてないんか

たった130年でここまで来たのか任天堂

和菓子屋のような佇まい


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コメント

1.とある名無しのオタコム2018年1月25日 09:57
▽このコメントに返信

大阪城で侍がビール瓶持ってる人とビアグラス持ってる人が写ってる写真とか
洋風の軍服着てて頭がちょんまげとか
袴はいてるのにチェックの靴下はいてる侍とか
昔の写真って結構おもろいの多いで

2.とある名無しのオタコム2018年1月25日 10:22
▽このコメントに返信

これ本物なら面白いなw
有能な社員を社長に抜擢する流れって創業当時からあったとは驚きや…

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