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2017年07月06日 23:30 コメントを見る

「セガサターン」はなぜ失敗したのか?を当時のCEOが語る・・・

三四郎

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ソニーの「初代PlayStation」より早く登場した「セガサターン」は、「メガドライブ」から約6年越しのセガの新ハードとしてファンの期待を集めましたが、「NINTENDO64」を含む「次世代機戦争」で惨敗を喫することになり、その後発売した「ドリームキャスト」にまでその影を落とすこととなりました。どのようにしてセガは舵取りを誤ってしまったのか、Sega of AmericaでCEOを務めていたトム・カリンスキ氏が、その当時を語っています。

How A Series Of Bad Decisions Led To The Sega Saturn Failure – Features – www.GameInformer.com
http://www.gameinformer.com/b/features/archive/2017/07/03/gi-classic-the-saturn-spiral.aspx

セガはメガドライブ(GENESIS)で採用していたカートリッジ方式から、セガサターンでCD-ROM方式へと変更しました。メガドライブの頃からグラフィックとサウンドに定評があったのですが、CD-ROMの採用によってセガサターンはポリゴンレンダリング・音質・3Dグラフィックの性能向上を可能にし、当時のアーケードゲーム機の性能に近い据え置き機を実現しました。1994年に登場したセガサターンは日本のゲーマーに認められ、発売直後に初回出荷分の20万台が完売となる人気っぷりを見せました。

日本ではバーチャファイターの人気が認められ、成功の兆しを見せていたセガサターンですが、当時のSega of AmericaのCEOだったトム・カリンスキ氏は、「北米では成功しない」ということがわかっていたそうです。日本の経営陣は北米でのセガサターンの発売時期をPlayStationと同じ1995年9月に予定していたのですが、セガと任天堂の市場競争で大きな功績を残していたカリンスキ氏は、「翌年の1996年に持ち越すべき」と考えていたそうです。

しかし、市場争いをいち早く勝ち取りたいセガ経営陣の思惑から、1995年5月のE3でカリンスキ氏は、セガサターンの発表と同時に「北米で近日発売」という告知を行う役割を請け負ったとのこと。カリンスキ氏は発売日の前倒しに激しく反対したそうですが、この反対意見が聞き入れられることはなく、セガサターンはPlayStationやNINTENDO64に先駆けて、1995年5月に北米で発売となったわけです。発売日で一歩抜かれたソニーですが、当時のSony Interactive Entertainmentのオラフ・オラフソンCEOは、E3のカンファレンスで、PlayStation価格を299ドルと発表することで応戦。これはセガサターンより100ドルも安い価格であり、カンファレンスの観客は盛大な歓声を上げました。

突然の発売日の前倒しはセガのファンを混乱させることになりましたが、これはセガの失敗の序章に過ぎなかったとのこと。北米で急きょ発売が始まったセガサターンですが、限定されたごく一部の小売店でしか購入することができず、在庫のある店舗を見つけるのは非常に困難だったそうです。また、ソフトウェアラインナップも十分ではなく、セガのマスコットである「ソニック」のシリーズ新作はローンチタイトルに含まれませんでした。セガサターンはセガの歴代ゲーム機の中で唯一、「メインタイトルのないハード機」として登場してしまったわけです。

この時点で多くのファンがセガに見切りをつけてしまうきっかけとなりました。カリンスキ氏は「成功するためには十分な分量のハードウェアとソフトウェアを用意しなければならないことは、誰でも知っていることです」「もしセガサターンと同時にソニックが登場できていれば、世界が変わって見えるほどの大きな支えになったことでしょう」と話しています。「デイトナUSA」「バーチャファイター」「パンツァードラグーン」など、セガサターンからいくつかのヒット作が登場しましたが、PlayStationの大ヒットの波に顧客の関心はさらわれてしまいました。

http://gigazine.net/news/20170705-sega-saturn-failure/

この記事への反応

メガドライブが人気を誇ってたアメリカでは日本とは感覚が違っただろうからね

カプコン格闘ゲームやシューティング好きの俺にとっては神機だったわ

サクラ大戦にサカつく、同級生2だけで十分元は取ったよw

R-18ソフトを扱ったことで客層が悪くなった?

当時の中高生にはR-18と格ゲーさえあれば神器だった


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コメント

1.とある名無しのオタコム2017年7月6日 23:41
▽このコメントに返信

子供の頃何故か家にあったな
バグってて全ゲームセーブ出来ないから1回のプレイで何処まで行けるかが勝負だった・・・

2.とある名無しのオタコム2017年7月7日 00:04
▽このコメントに返信

ウチ、まだクローゼットで眠ってるわ・・。

3.とある名無しのオタコム2017年7月7日 00:38
▽このコメントに返信

タラレバお疲れ様です。

タラレバ定食食べた後の後味っていかんともしがたいよねー。

4.とある名無しのオタコム2017年7月7日 00:45
▽このコメントに返信

パワーメモリーだな ちょっと注し間違えただけでデータ飛ぶとかふざけんな!!

5. 2017年7月7日 02:00
▽このコメントに返信

まぁ、FF7に負けたわなw

6.とある名無しのオタコム2017年7月7日 02:18
▽このコメントに返信

これは北米市場での話であってなぜ日本市場で失敗したかとは話が違う
日本市場で失敗した理由はFF7がPSで出たこと
パラッパラッパーのようなライト層でも楽しめるソフトが出なかったこと
構造が複雑でソフト開発が難しかった等々色々言われている

7.とある名無しのオタコム2017年7月7日 02:24
▽このコメントに返信

最強のハードやで
初代PSと共に黄金時代かと
64もいいソフト出たし

8.とある名無しのオタコム2017年7月7日 05:59
▽このコメントに返信

※3と6に同意あとからはどうでも言える
FF7あれは致命的だったと思ってる
当時、自分はFFやドラクエには興味なくメガテン派だったけどね
アーケードのソニーとして実績なく、SEGAはアーケードではTAITOと共に好きだっただからサターンを購入したんだわ
ゲーム屋でソフトの陳列がプレステの1/3だったのが悔しかったよ

9.とある名無しのオタコム2017年7月7日 18:52
▽このコメントに返信

せっかくセガはメガドライブ時代に、任天堂のマリオと肩を並べるソニックというキャラを生み出したのに、サターンのローンチはペパルーチョとナイツとか、頭おかしいとしか思えなかった。
メガドライバーとしては、そんなハードに愛着が持てず、しばらくの間は不買運動をしていたっけな。

10.とある名無しのオタコム2017年7月7日 20:12
▽このコメントに返信

CPUも画像チップも力不足でPSの足下にも及ばなかった。 ハードが金掛かりすぎ。

11.とある名無しのオタコム2017年7月8日 00:05
▽このコメントに返信

どっちもソフト開発した者から言えばサターンの方が開発環境は悪くなかったよ
サターンは…メガドライブでも散々苦しまされたマルチCPUが面倒だったな
結局1本作っただけで撤退したから超無駄スキルで終わった
PCからの移植だったけどPSはグラフィックメモリとの戦いで苦しんだわ
サターンは一ヶ月で完成したけどPSは三ヶ月かかった…
正直二ヶ月くらい経過したところでPS版は同じクォリティは無理なんじゃねって思い始めてたよ

12.とある名無しのオタコム2017年7月8日 01:11
▽このコメントに返信

サターンはまともなRPGが無かったな。

13.とある名無しのオタコム2017年7月8日 01:12
▽このコメントに返信

PSの後だったとしても、やっぱり失敗しただろうなぁ。

14.とある名無しのオタコム2017年7月8日 06:41
▽このコメントに返信

「天地を喰らう2」はSSのがいい出来だったよ。
「3X3EYES ~吸精公主」もSSの方がすごく良かったし。

15.とある名無しのオタコム2017年7月11日 15:05
▽このコメントに返信

サターンは総合的なポテンシャルはPSを上回っていたと思うけど、いかんせんソフトのラインナップがなぁ・・・。
当時のPSの格ゲーは動きが悪かったし、必殺技を出す瞬間にCD読み込みで一瞬止まったりするゲームもあった。
その点、SSから発売された格ゲーは、ほぼアーケードと遜色なかった。

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